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伊東俊太郎「精神革命」

 日本における文明学の泰斗に伊東俊太郎氏(1929~ )がいます。元東京大学教授で、いま東京大学と麗澤大学の名誉教授です。1983年に我が国で「比較文明学会」を創立して初代会長となられ、いまは名誉会長です。人類文明に関する「発展段階説」を提唱したことで海外にも知られ、国際比較文明学会の名誉会長もされています。
 世界史は多くの場合、国ごとや地域ごとに王朝の盛衰や民族の興亡が語られます。ただし全体を通観して国や民族を超えたところに共通の尺度をみつけ、俯瞰的に横並びで見たいと考えたことはありませんか。伊東氏が挑戦したのはまさにこのことでしょう。世界各地の歴史を考察して、どの社会もがたどる文明の発展過程に共通の画期を設けました。それによってこれまでの人類の文明史は、5つの革命を経てきたという理論を提起しました。
 このなかでヤスパースが「基軸の時代」としたのは、人類にとって第4の革命期であるとして「精神革命」と名づけました。やや遠回りになりますが、伊東氏による文明の発展段階説の概略を紹介します。
 人類として第1段階の革命は、ヒトが直立二足歩行を始めてサルから分かれたときとします。「これを革命というのもおかしいが」といいつつ「ヒトが生まれなければ人類文明のはじまりもないのだから、最初の踏み出しとして『人類革命』と名づける」と伊東氏はいいます。これが実現したのはいまから数百万年前のことで、アフリカ大陸においてのことです。そののち曲折を経ながら、アフリカの地から地球全体に人類が拡散して今日にいたっています。
 第2段階は「農業革命」です。いまからおおむね1万年前に人類が農耕を発見しました。食べ物を得る手段として、それまでは狩猟・漁労・採取によっていましたが、このときムギやコメなどの穀物栽培を発見し、自然に能動的に働きかけて食糧を得る手段を手にしました。地球上で最初に穀物栽培を軌道にのせた地域として、ムギはメソポタミア周辺、コメは中国大陸の南部とするのが有力です。それがやがて世界各地に広がりました。
 「農耕」生産は収率が高いので1家族の生産で多くの家族を養えます。また穀物は備蓄ができるので、すべての人びとが食糧生産に従事しなくてもすむようになります。そこで社会にさまざまの機能をもった人びとが出現します。直接的に農耕に従事する農民のほか、植え付けや収穫などに関する情報を提供したり、産品の貯蔵・輸送・取引に携わったり、備蓄を盗難から護ったり、状況を記録したりなどの機能を担う人びとです。これらの活動の規模が大きくなると、相互の活動を機能的に統括し調整する仕組みが必要となります。諸制度の構築や運用にともなって、これを差配する王・貴族・官僚などと呼ばれる人びとが現れます。統治機構ができると、内部での争いや他の統治機構との戦いが発生しがちで、これに対処するため戦士も必要になります。
 統治機構の最初は、首長国などと呼ばれる小規模で限定的に地域を支配するものでした。それらは、より大きな力を求めて吸収合併や戦闘を繰り返すでしょう。水利を得やすい大河にそった大平野など、穀物の生産力が高い地域には人びとが集住し、大きな統治機構が生まれます。
 ここに大都市が興ります。伊東氏が文明の第3段階とする「都市革命」です。いまから5000年ほど前からのことで、ユーラシア大陸では大河のほとりに「古代都市」が建設されました。チグリス・ユーフラテス河(メソポタミア)、ナイル河(エジプト)、インダス河(インド)、長江と黄河(中国)に沿った地域がそれです。
 古代都市においては、農業の高い生産力が発揮されるのはもちろん、都城の建設、文字の発明、貨幣経済の浸透、金属器の普及、統治制度の整備など、文化、芸術、社会、政治などさまざまの局面で高度な発展が見られ増す。これが「古代文明」と呼ばれ、周辺地域にも広がって類似の都市や文明の装置が普及しました。
 その後に第4段階として起こったのが「精神革命」です。紀元前5,6世紀を中心とした前後の数世紀間に、申し合わせたように各地で大きな思想運動が起こりました。その地域を東からあげていくと、ギリシャ、カナン(パレスチナ)、ペルシャ、インド、中国です。この内容をどう理解するかについては、前項までにヤスパース、ウエーバー、トインビーの考えを紹介しました。
 伊東俊太郎氏は、このときに人類の精神史が始まったとします。その内容を『比較文明 1』(比較文明学会誌 1985年 p12)のなかで次のように整理されています。
・ (人類が)それ以前の神話的世界を克服して合理的思索に徹し
・ 日常的個別的なものを超えた普遍的なものを志向し(ギリシャのイデア、インドのダルマ、中国の道(タオ)など)
・ そうした究極的原理からこの世界全体を統一的に把握し
・ そこにおいて人間の生き方を見定めようとする

 伊東俊太郎氏は、これに引き続く第5段階として「科学革命」や「産業(資本主義)革命」を指摘します。これが17,18世紀のヨーロッパで起こって「近代」が到来し、またたく間に世界を席捲しました。これによって人類は大きな物質的豊かさを手にしますが、精神面ではどうでしょうか。現在、世界宗教とされる仏教、キリスト教、イスラム教は、いずれも「基軸の時代」の成果にもとづいています。「人はどう生きるべきか」などの命題では、精神革命で達成された思想次元を軸とし、いまだその周りを廻っているだけではないか、というのがこれまでに紹介した文明学者の考えです。
 近代が到来してからすでに数世紀が経ち「ポストモダン(後・近代)」が云々されるようになってからでも、かなりのときが経過しました。その後に新しい革命は起こりつつあるのか、あるいはその兆しは見えているのでしょうか。情報革命とか、環境革命とかの言葉が飛び交いますが、これらをどう理解すべきなのでしょうか。たいへん大きな文明上の課題ですが、このたびの主題とは異なりますので別の機会に譲ります。

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